牡蠣の人はそのひぐらしがなく頃に

※この作品はフィクションであり、実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません。

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「くそっ、間違えた」

いくつもの出口がある地下鉄の駅。距離でいえばたった100m、いや数十mのことなのだが、なぜだかやたらと損した気分になる。しかも人身事故で電車が大幅に遅れ、それなりの会合に間に合わなかった。「ふざけんな!」とか思ってたら、その事故の原因が知り合いだった。「ツキがねーな」と感じ、無理してその会合にも合流しないことにした。

そんなことを考えてるから出口も間違えるんだ。。と、向こうから観たことのある顔が歩いてくる。互いに「あれ?」となった。「どうも」、「どうも」。「あけましておめでとう」もないままそそくさとスレ違う感じでそれぞれの方向に。。

ここで誘わないと後悔するな。とよぎった。つまりは、いま俺は「帰らなくてもいいから帰れるところをつくりなさい」活動の真っ最中で、そのすれ違った彼女はなんとなくその候補のひとりだったわけだ。たしか向こうもまんざらでもないはず。。先に断っておくがなかなかの美人だ。

電車の遅延、、会合への不参加、、出口を間違う、、そんなときにたまたますれ違う、、なんかあるだろ?少なくともなんかあるって主張・・口説き文句に使える。とりあえずメッセージを送ってみる。。が既読にならない。電話するか・・年末年始のハングオーバー事件を思いだし・・ためらう。

なんだかわからんが、このままやり過ごすとやたらと後悔するような気にさいなまれた。会合のテンションだったし、ひとりでメシ喰うのもアレだったのかもしれない。例の泡銭がまだ残ってたのも多少気持ちを大きくしてくれたのだろう。

「もしもし、あけましておめでとう。よかったら、メシでも」

あっさりとOK。

いざいい感じになろうと思うと俺はそんなに選択肢がない。できるだけホーム・・家はないけど、行きつけみたいなもんはあるんだ。毎回違うオンナつれてきやがって、と向こうはおもってるかもしれないけどね。少なくとも俺がハッピーになるようにと一生懸命応援してくれる店ってことだ。

カウンターに座る。互いになにか感じるものはあったのだろう。言葉でいうならいい具合の高揚感。店に向かうわずかな道すがらから。実はまともに話すのははじめてだったんだが、その高揚感の理由がすぐにわかった。なにかと共通点が多かった。幼少期にヨーロッパで過ごしたとか、そういうなかなかレアな共通点だ。

互いに互いを必死に理解させ、理解し合おうと、とめどなく話すあの感じ。久しぶりだな。体調悪いとかいってたのに、すげー呑む。そういえばそれなりの酒豪だったな。出会ったきっかけ自体が、そもそもワインの会だった。

「さっきね、私もちゃんと挨拶できなくて気になってた。いつもはあんな時間に仕事終わらないの。でもたまたま今日だけ早くでれた。それにね、たまたまパスモのチャージしなくてはいけなくて、なぜだか手間取って、そんなことしてなかったら、たぶん電車にのってたし、乗ってたら”また”って云ってたと思う」

時間の経過がわからなくなるときは本当に楽しいときだ。もう言葉などどうでもよくなっていく。あとで聞いたら、もはやこの店の段階でほとんど記憶がなかったのだそうな。俺の名誉のためとかではないしそもそもクソ野郎だからいちいち言い訳したいわけではないが、俺が呑ませたんぢゃないぞ。それに俺は、酔わせるより、酔い潰れて介抱されたい派だ。そんな派閥があるのかどうかは別にして。

「げんさん、ホントに家なき子なの?いつもどうしてるの?」「まぁ、潜伏先という名のもとに、金があればホテルとか。なければ誰かんちか、ノマドだね」「今日は?。。私、実家なんだよね」

今日の潜伏先、押し入れなんだよな。。その「帰れるところの主」になってくれる。。なれるには、その押し入れでも幸せ?を感じてくれるくらいでないと結局はダメなのだけれどもね、とりあえずは・・ね。

まぁ、その押し入れには、ちゃんとした部屋(ホテル)もあるんだ。そこが空いていて・・そんでもって例の泡銭が足りるなら。。空いてる。。しかもよほど空室だったんだろうね、まぁ、年明けの平日だしね、泡銭で足りるどころか、例の3000円、みたいな値段だった。

やっぱ例の爆弾とか年末年始のハングオーバーが尾を引いてんだな。そのまま部屋にいけばいいのに、なにを思ったのか、ワンクッションいれた。別の店に寄った上にタクシーに乗せようと試みたり・・それが逆に火をつけてしまうことになったわけだが。繰り返しになるが、あとでわかったことだが、もはやこの時点の記憶は彼女にはないわけだ。

部屋の鍵をつけっぱなしにしてしまうような勢い(、、いや実際に差しっぱなしで、朝、鍵がまったく見当たらず慌てるわけだが。。)で部屋に。あの洋服がいたるとこに飛び散ってる演出の映画のシーンみたいなヤツだね。

もう一回云っておくが、この時点で彼女の記憶はない。だからあんなにとんでもなく積極的で・・まぁ、俺も相当いい気分で酔っていて・・目眩くってのは、こういうことなんだな。そして、いつのまにか寝入ってしまっていた。

ふと目覚めたら、もう隣にいないってのがたいていのパターンなのだが、まだいた。俺が動いたら向こうも起きた。「あれ?」とか云いながらも、どうやら一緒にいることを選んだことは憶えてるらしい。ただここで最初のお店でほぼ記憶が曖昧になったこと、そのワンクッションなどなど、そして目眩めく・・は記憶にないらしいのはここでの会話でわかった。

憶えてないのか・・それもなぁ・・と思いながら、覆いかぶさるとまったく拒否する気配はない。ここではじめて互いに意識があるなかでのセッション?となった。

「会社あるから帰んなきゃいけないよー。。一回帰って着替えないと」

と何度もいってるわりには、そこから相当な時間、いろいろ語り合った。てゆうか最中から、、あんなに会話しながらってのが初めてだった。会社、すぐそこなのに、どうしても一回帰るそうだ。女の人はいろいろと大変だな。

出て行ってしばらくして「ありがとう」とメッセージが来た。ベッドに片方だけストッキングが残っていた。普段はそういうメッセージにはなんて返したらいいかわかんないし、返さないんだけどね「ストッキング、あとで会社に届けに行くね」とか返してしまった・・クソ野郎的にはここでそのストッキングをかぶった写メとともに送るべきなのだろうが、両足別々型のストッキングは俺のデカイ頭にはきつくすぎた。

この子もいつか爆弾💣になるのだろうか。

2017-01-13

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